芳龍茶



一年余旅の状態(ありさま)

 一年余旅の状態(ありさま)を続けて、漸(ようや)くお種は弟の家まで辿(たど)り着いた。三吉は遠く名倉の家の方から帰って来て、お雪と共に姉を待受けているところで有った。
「オオ、橋本の姉さん――」
 とお雪は台所から飛んで出て来て、襷(たすき)を除(はず)しながら迎えた。
 奥の部屋へ案内されたお種の周囲(まわり)には、三吉夫婦を始め、子供等がめずらしそうに集った。お種は、狭隘(せせこま)しい都会の中央(まんなか)から、水車の音の聞えるような処へ移って、弟等と一緒に成れたことを喜んだ。彼女は別に汽車にも酔わなかったと言った。
「房(ふう)ちゃん、橋本の伯母さんだが、覚えているかい」と三吉は年長(うえ)の娘に尋た。
「一度汽車の窓で逢(あ)ったぎりじゃ、よく覚えが有るまいテ」と言って、お種はお房の顔を眺(なが)めて、「どうだ、伯母さんのような気がするか」
「皆な大きくなりましたろう」
「菊(きい)ちゃんの大きく成ったには魂消(たまげ)た。姉さんの方と幾許(いくら)も違わない」
 お種はそこに並んでいる二人の娘を見比べた。
「へえ、こういうのが今年出来ました。見て下さい」とお雪は次の部屋に寝かしてあった乳呑児(ちのみご)を抱いて来て見せた。
 三番目もやはり女の児で、お繁(しげ)と言った。お繁は見慣れない伯母を恐れて、母の懐(ふところ)へ顔を隠したが、やがてシクシクやり出した。お雪は笑って乳房を咬(くわ)えさせる。すこし慣れるまで、他(よそ)の方を向いていようなどと言って、お種も笑った。
「房ちゃんは幾歳(いくつ)に成るの?」とお種が手土産(てみやげ)を取出しながら聞いた。
「伯母さんが何歳に成るッて」とお雪も言葉を添える。
「ね、房ちゃんがこれだけで、菊ちゃんがこれだけ」とお房は小さな掌(て)を展(ひろ)げて、指を折って見せた。
「フウン――お前さんが五歳(いつつ)で、菊ちゃんが三歳(みっつ)――そう御悧好(おりこう)じゃ、御褒美(ごほうび)を出さずば成るまい――菊ちゃんにも御土産(おみや)が有りますよ」
「御土産! 御土産!」
 と二人の子供は喜んで、踊って歩いた。
「御行儀を好くしないと伯母さんに笑われますよ。真実(ほんと)にイタズラで仕方が有りません」とお雪が言った。
 親達の側にばかり寄っていたお房は、直に伯母の方に行った。そして、母に勧められて、無邪気な「亀さん」の歌なぞを聞かせた。
 お房の小供らしい声には、聞いている伯母に取って、幼い時分のことまでも思わせるようなものが有った。
「これはウマいもんだ」とお種は左右に首を振った。「もう一つ伯母さんに歌って聞かせとくれ……何年振で伯母さんはそういう声を聞くか知れない……」
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by ttkurtt | 2006-03-04 13:25
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